秦〜前漢
張良の名言・逸話30選
老人の履を拾い、劉邦の軍師に。得意な話は「引き際と、人を立てる知恵」。
「籌策を帷幄の中に運らし、勝ちを千里の外に決す」
張良の逸話と名言
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1家財を投じる
韓の宰相の家に生まれた張良は、祖国が秦に滅ぼされると、弟の葬儀も出さずに全財産を投じて刺客を探した。
「韓の為に仇を報ゆ」
若い日の激しい思いが、生涯の原点になる
出典:史記・留侯世家
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2博浪沙の一撃
張良は怪力の男に百二十斤の鉄槌を投げさせ、巡行中の始皇帝を狙った。だが当たったのは随行の車で、彼は名を変えて逃げた。
「誤って副車に中つ」
最初の挑戦が失敗しても、それで終わりではない
出典:史記・留侯世家
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3項伯を匿う
下邳に潜んでいた張良は、人を殺して逃げてきた項伯をかくまった。この恩が、のちの鴻門の会で劉邦の命を救う。
「項伯、常て人を殺し、良に従いて匿る」
何気ない親切が、思わぬ時に返ってくる
出典:史記・留侯世家
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4橋の上の老人
下邳の橋で老人がわざと履を落とし、張良に拾わせ、さらに履かせた。張良はむっとしたが、こらえて跪いて履かせた。
「孺子教うべし」
怒りをこらえた瞬間に、道が開ける
出典:史記・留侯世家
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5五日後の約束
老人は五日後の夜明けに来いと言った。張良が行くと老人は先に来ていて叱り、二度目も遅れた。三度目、夜中に行ってようやく兵法書を授かった。
「老人と期して後るるは何ぞや」
教えを請う側が、先に来て待つ
出典:史記・留侯世家
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6沛公は天授
張良は太公望の兵法を何人にも説いたが、誰も理解しなかった。劉邦だけがすぐに分かってその策を用いたので、張良は彼に従った。
「沛公は殆ど天授なり」
自分を分かってくれる相手に仕える
出典:史記・留侯世家
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7韓王を立てる
張良は項梁に説いて韓の公子を王に立てさせ、自らはその臣として韓の地を取り戻すために戦った。
「韓の諸公子横陽君成賢なり、立てて王と為すべし」
忘れていない志は、機を見て形にする
出典:史記・留侯世家
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8嶢関の計
秦の要衝を守る将は肉屋の息子だと聞き、張良は財貨で揺さぶるよう勧めた。将が和睦に応じると、兵の油断を突いて攻め落とした。
「賈豎は動かすに利を以てし易し」
相手を動かすものを見極める
出典:史記・留侯世家
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9良薬は口に苦し
秦の宮殿に入った劉邦は財宝と美女に心を奪われ、そこに留まろうとした。張良は樊噲の諫めを支持して劉邦を引き戻した。
「忠言は耳に逆らえども行いに利あり、毒薬は口に苦けれども病に利あり」
耳の痛い言葉こそ、聞く価値がある
出典:史記・留侯世家
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10項伯の夜の訪問
項羽の総攻撃の前夜、項伯が張良だけを逃がそうと訪ねてきた。張良は主を見捨てて逃げられないと断り、項伯を劉邦に引き合わせた。
「亡げ去るは不義なり」
危機にこそ、仲間を見捨てない
出典:史記・項羽本紀
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11鴻門の会
宴席で劉邦に剣舞の刃が迫ると、張良は外へ出て樊噲を呼び入れた。樊噲の乱入で場の空気が変わり、劉邦は脱出の機を得た。
「今日の事何如。甚だ急なり」
迷う暇がない時は、迷わず助けを呼ぶ
出典:史記・項羽本紀
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12一人残って謝る
劉邦が抜け出した後、張良は一人で宴に残り、項羽と范増に贈り物を献じた。范増は悔しさのあまり玉の器を叩き割った。
「豎子与に謀るに足らず」
最後の後始末を引き受ける者がいて、事は収まる
出典:史記・項羽本紀
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13桟道を焼く
漢中へ入る劉邦に、張良は通ってきた桟道を焼き払うよう勧めた。東へ戻る気がないと見せ、項羽を安心させるためだった。
「天下に還る心無きを示す」
退路を断って見せることが、守りになる
出典:史記・留侯世家
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14項羽を北へ向ける
劉邦が関中を取ると、張良は項羽に手紙を送り、劉邦は約束の地が欲しいだけで東へは出ないと伝え、斉の反乱に目を向けさせた。
「漢王職を失い、関中を得んと欲す。約の如くにして即ち止まらん」
相手の注意の向け先を変える
出典:史記・留侯世家
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15三人の将を用いよ
彭城で大敗した劉邦が誰と組めば天下を取れるか問うと、張良は英布・彭越・韓信の三人を挙げた。
「此の三人を用うれば、則ち楚破るべきなり」
自分にない力を持つ人と組む
出典:史記・留侯世家
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16箸を借りて八難
劉邦が六国の王家を復活させようとしたとき、張良は食卓の箸を借りて並べ、八つの理由を挙げて止めさせた。
「臣請う、前箸を借りて大王の為に之を籌らん」
手元のものを使って、相手に見える形で示す
出典:史記・留侯世家
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17足を踏む
韓信から斉の仮王にしてほしいと使者が来て、劉邦は激怒した。張良と陳平は劉邦の足を踏んで、ここは認めるべきだと耳打ちした。
「漢方に利あらず、寧んぞ能く信の王たるを禁ぜんや」
感情より、今の力関係を見る
出典:史記・淮陰侯列伝
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18虎を養わず
和約が成って兵を引こうとする劉邦に、張良と陳平は、今項羽を討たなければ虎を飼って災いを残すことになると説いた。
「今釈きて撃たずんば、此れ所謂虎を養いて自ら患を遺すなり」
決めるべき時に、決め切る
出典:史記・項羽本紀
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19土地を約束する
韓信と彭越が援軍に来ず、劉邦は苦戦した。張良は、二人に領地を約束すればすぐ来ると進言し、その通りになった。
「君王能く天下を共にせば、今立ちどころに致すべし」
人を動かすには、相手の取り分を示す
出典:史記・項羽本紀
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20雍歯を封ずる
論功行賞が進まず、将たちは不満を募らせていた。張良は、劉邦が最も嫌う雍歯をまず諸侯に封じさせ、全員を安心させた。
「雍歯すら尚侯たり、我が属患うる無し」
一番嫌いな相手を先に報いると、皆が安心する
出典:史記・留侯世家
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21関中に都を
都をどこに置くかで群臣が洛陽を推すなか、張良は守りやすく豊かな関中を選ぶべきだと説き、劉邦はその日のうちに決めた。
「劉敬の説是なり」
大勢の意見でも、根拠で判断する
出典:史記・留侯世家
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22三万戸を辞す
天下統一後、劉邦は張良に好きな所から三万戸を与えると言った。張良は辞退し、劉邦と初めて出会った留の地だけを望んだ。
「臣願わくは留に封ぜられんことを、足れり」
大きな報酬より、ほどほどの満足を
出典:史記・留侯世家
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23赤松子に従う
張良は、韓のために仇を討ち、帝王の師となった今、平民として望みは極まったと語り、俗事を離れて仙人のように暮らしたいと願った。
「願わくは人間の事を棄て、赤松子に従いて游ばんと欲するのみ」
引き際を知る者は、身を全うする
出典:史記・留侯世家
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24商山の四人
劉邦が太子を替えようとしたとき、張良は劉邦が招いても来なかった四人の老賢者を太子の側に置かせた。それを見た劉邦は廃位を諦めた。
「羽翼已に成る」
正面から反対せず、状況で相手を納得させる
出典:史記・留侯世家
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25運籌帷幄
天下を取った理由を問われた劉邦は、本陣で策を巡らし千里の外で勝ちを決めることにおいて、自分は張良に及ばないと語った。
「籌策を帷帳の中に運らし、勝ちを千里の外に決す」
表に立たずとも、勝負は決められる
出典:史記・高祖本紀
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26病身の参謀
張良は病がちで、一度も自ら軍を率いたことがなかった。それでも常に策を立てる臣として、劉邦の側にあり続けた。
「良は多病にして、未だ嘗て特将たらず、常に画策の臣と為る」
体が弱くても、自分の戦い方がある
出典:史記・留侯世家
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27白駒の隙
劉邦の死後、穀物を断って修行する張良に、呂后は「人生は短いのに、なぜそこまで自分を苦しめるのか」と食事を勧め、張良は従った。
「人生一世の間、白駒の隙を過ぐるが如し」
人生は短い。自分を苦しめすぎない
出典:史記・留侯世家
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28黄石を祀る
老人は別れ際、十三年後に穀城山の麓で黄色い石を見るだろう、それが自分だと言った。張良は本当にその石を見つけ、生涯祀った。
「穀城山下の黄石は即ち我なり」
恩人への感謝を、生涯忘れない
出典:史記・留侯世家
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29見た目で判断しない
司馬遷は張良を堂々たる大男と想像していたが、肖像を見ると美しい女性のような顔立ちだった。そして孔子の言葉を引いた。
「貌を以て人を取れば、之を子羽に失う」
見た目で人を判断すると、見誤る
出典:史記・留侯世家
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30宛を後ろに残さない
関中へ急ぐ劉邦は、堅い宛城を迂回して先へ進もうとした。張良は、強い宛を背後に残すのは危ういと止め、先に降伏させた。
「強宛後に在り、此れ危道なり」
急ぐ時ほど、背後の不安を片づけておく
出典:史記・高祖本紀
孔子春秋・魯
老子春秋・周
孫子春秋・呉
范蠡春秋・越
孟子戦国・鄒
荘子戦国・宋
白起戦国・秦
廉頗戦国・趙
韓非子戦国・韓
李牧戦国・趙
王翦戦国・秦
蒙恬秦
項羽秦末・楚
司馬遷前漢
班昭後漢
諸葛亮三国・蜀
曹操三国・魏
蘇軾北宋
王陽明明