戦国・趙
廉頗の名言・逸話30選
荊を背負って謝った、趙の老将。得意な話は「意地と和解、老いてなお」。
「廉将軍老いたりと雖も、尚善く飯す」
廉頗の逸話と名言
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1勇気で知られる
廉頗は趙の名将で、斉を大いに破って陽晋を取り、その勇猛さは諸国に知れ渡った。
「勇気を以て諸侯に聞こゆ」
まず結果で、名を知られる
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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2三十日の覚悟
王が秦との会見に向かうとき、廉頗は国境で、三十日で戻らなければ太子を王に立てて秦の野望を断つと申し出た。
「王行きて三十日にして還らずんば、則ち請う太子を立てて王と為さん」
最悪の事態まで決めておく
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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3口先の男が上に
藺相如が外交の手柄で自分より上の位につくと、廉頗は、自分は戦場で功を立てたのに、あいつは口先だけだと怒り、会ったら辱めてやると言った。
「我趙の将為り、攻城野戦の大功有り。而るに藺相如徒だ口舌を以て労を為す」
自分の物差しだけで、人の価値を測っていないか
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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4両虎相闘わば
藺相如は廉頗を避け続けた。家来が情けないと言うと、二頭の虎が争えばどちらも倒れる、秦が攻めてこないのは我々二人がいるからだと答えた。
「両虎共に闘わば、其の勢い倶には生きず」
争うより、組んだほうが強い
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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5荊を負う
藺相如の真意を知った廉頗は、上半身裸になりいばらの鞭を背負って藺相如の家を訪ね、深く詫びた。
「鄙賤の人、将軍の寛なることの此に至るを知らざりしなり」
非を悟ったら、格好つけずに謝る
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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6刎頸の交わり
それ以来、廉頗と藺相如は互いのためなら首を斬られても悔いのない、固い友情で結ばれた。
「卒に相与に驩び、刎頸の交わりを為す」
ぶつかった相手ほど、深い友になれる
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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7堅く守る
長平で秦の大軍と向き合った廉頗は、勝てないと見て陣地を固く守り、決して打って出なかった。
「廉頗堅壁して以て秦を待つ」
勝てない時は、負けない戦いをする
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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8王に責められる
戦わない廉頗を、趙王は何度も責めた。守ることの価値は、なかなか理解されなかった。
「趙王数々之を譲む」
守りの仕事は、評価されにくい
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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9秦の反間
秦は、秦が恐れているのは趙括だけだと噂を流した。趙王はそれを信じて、廉頗を外し趙括を将にした。
「秦の畏るる所は、独り馬服君の子趙括の将と為るを畏るるのみ」
耳に心地よい噂ほど、疑ってかかる
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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10紙上の兵法
藺相如は、趙括は父の兵法書を読んだだけで、状況に応じて変える術を知らないと反対したが、王は聞かなかった。
「括は徒だ能く其の父の書伝を読むのみ、変に合するを知らず」
本で学んだことと、現場は違う
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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11趙括の母
趙括の母も、父は褒美を部下に分けたが息子は家に貯め込むと言い、息子を将にしないよう王に願い出た。
「父子心を異にす」
人を見るなら、お金の使い方を見る
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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12狭い穴の鼠
同じ列伝に記された趙奢は、険しく狭い道での戦いを、穴の中で闘う二匹の鼠にたとえ、勇気のある方が勝つと言って秦を破った。
「譬えば猶両鼠の穴中に闘うがごとし、将勇なる者勝たん」
逃げ場がない勝負は、気持ちで決まる
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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13燕を破る
長平の大敗の後、燕は趙が弱ったと見て攻めてきた。廉頗はこれを大破し、燕の都を包囲した。
「廉頗を以て将と為し、燕軍を鄗に破る」
弱ったと見られた時こそ、底力を見せる
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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14燕の見込み違い
燕の宰相は、趙の若者は皆長平で死に、残された子はまだ幼いと考えて攻めた。だが廉頗がいた。
「趙の壮者皆長平に死す、其の孤未だ壮ならず」
相手を侮ると、痛い目を見る
出典:史記・燕召公世家
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15仮の宰相
燕を破った功により、廉頗は信平君に封じられ、仮の宰相となった。
「廉頗を以て信平君と為し、仮相国と為す」
老いてなお、国の柱になる
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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16去っていく食客
長平で将を外されたとき、廉頗の食客たちは皆去った。復帰すると皆戻ってきた。廉頗が去れと言うと、ある食客が答えた。
「天下は市道を以て交わる。君勢い有れば我君に従い、君勢い無ければ則ち去る」
人の離合に、いちいち腹を立てない
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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17何ぞ怨むこと有らん
食客はさらに、それは世の道理なのだから、何を恨むことがあろうかと続けた。廉頗は黙って彼らを受け入れた。
「此れ固より其の理なり、何ぞ怨むこと有らん」
世の中の道理を、受け入れる
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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18魏を攻める
廉頗は魏を攻めて繁陽を取るなど、老いてなお戦場で結果を出し続けた。
「廉頗、魏の繁陽を攻めて之を抜く」
年齢を言い訳にしない
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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19後任に怒る
新しい王が廉頗を外して楽乗に替えると、廉頗は怒って楽乗を攻め、そのまま魏へ逃れた。
「廉頗怒りて楽乗を攻む、楽乗走る」
怒りに任せた行動は、居場所を失わせる
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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20魏で用いられず
魏に亡命した廉頗は長く暮らしたが、信用されず、用いられることはなかった。
「魏、廉頗を信用する能わず」
外に出れば、肩書きは通じない
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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21まだ戦える
秦に苦しめられた趙王は、廉頗を呼び戻せるか使者に確かめさせた。廉頗は一食で米一斗と肉十斤を平らげ、鎧を着て馬に乗ってみせた。
「一飯に斗米、肉十斤、甲を被り馬に上り、以て尚用うべきを示す」
やれることを、目の前で見せる
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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22三たび厠へ
だが使者は廉頗の政敵に買収されていた。よく食べたが、座っている間に三度も厠に立ったと報告し、王は年老いたと見て呼び戻さなかった。
「廉将軍老いたりと雖も、尚善く飯す。然れども臣と坐すに、頃くして三たび矢を遺す」
伝え方ひとつで、評価は変わってしまう
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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23趙の人を将としたい
晩年、楚に招かれて将となったが功はなかった。廉頗は、趙の兵を率いたいと漏らしたという。
「我趙人を用いんことを思う」
最後に思うのは、慣れ親しんだ仲間
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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24寿春に没す
廉頗は故郷趙に戻ることなく、楚の寿春で亡くなった。
「廉頗卒に寿春に死す」
すべてが思い通りに終わる人はいない
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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25完璧
藺相如は秦に宝玉を持って行き、約束の城が渡されないと見ると、機転で玉を取り返して無事に趙へ持ち帰った。
「璧を完うして趙に帰す」
大事なものは、無傷で守り抜く
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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26五歩の内
会見の場で秦王が趙王を辱めると、藺相如は、五歩の距離で私の血をあなたに浴びせることもできると迫り、秦王に瓦の楽器を打たせた。
「五歩の内、相如請う頸血を以て大王に濺ぐを得ん」
口先と見られた人にも、命がけの胆力がある
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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27秦王を叱った男
廉頗を避けることを家来に恥じられた藺相如は、自分は秦王さえ叱りつけた、どうして廉将軍だけを恐れようかと答えた。
「秦王の威を以てすら、相如之を廷叱す」
避けるのは、恐れているからではない
出典:史記・廉頗藺相如列伝
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28老いても飯を食う
後世、宋の詞人辛棄疾は、自らの老いを廉頗に重ね、廉頗は老いたがまだよく飯を食うかと詠んだ。
「廉頗老いたり、尚能く飯するや否や」
老いても、まだやれるかと自分に問う
出典:辛棄疾「永遇楽」
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29死を知れば勇
司馬遷は、死ぬと分かっていても勇気が出るのは難しくないが、死にどう向き合うかが難しいと、この列伝の人々を評した。
「死するに非ずして難き也、死に処すること難き也」
覚悟の決め方に、人が出る
出典:史記・廉頗藺相如列伝(太史公曰)
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30趙の良将
司馬遷は廉頗を一言で、趙の優れた将軍だったと記した。
「廉頗は趙の良将なり」
肩書きより、残した仕事で語られる
出典:史記・廉頗藺相如列伝
孔子春秋・魯
老子春秋・周
孫子春秋・呉
范蠡春秋・越
孟子戦国・鄒
荘子戦国・宋
白起戦国・秦
韓非子戦国・韓
李牧戦国・趙
王翦戦国・秦
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項羽秦末・楚
張良秦〜前漢
司馬遷前漢
班昭後漢
諸葛亮三国・蜀
曹操三国・魏
蘇軾北宋
王陽明明