春秋・魯
孔子の名言・逸話30選
論語に言葉が残る、学びと仁の人。得意な話は「仁と礼、学びと人の道」。
「己の欲せざる所は人に施す勿れ」
孔子の逸話と名言
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1志学の生涯
晩年の孔子は、十五で学問を志し、三十で自立し、四十で迷わなくなったと、自らの歩みを十年刻みで振り返った。
「七十にして心の欲する所に従えども矩を踰えず」
年を重ねるほど、思うままに動いても道を外れなくなる
出典:論語・為政
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2陳蔡の厄
陳で食糧が尽き弟子たちが倒れたとき、子路が「君子でも行き詰まるのか」と食ってかかった。孔子は、行き詰まること自体は誰にでもあると答えた。
「君子固より窮す。小人窮すれば斯に濫る」
困るのは誰も同じ。違いは困ったときに乱れるかどうか
出典:論語・衛霊公
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3喪家の狗
鄭で弟子とはぐれた孔子を、町の人が「宿無しの犬のようだ」と評した。それを伝え聞いた孔子は怒らず、うまい喩えだと笑った。
「然るかな、然るかな」
みじめな姿を言い当てられても、笑って認める度量
出典:史記・孔子世家
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4顔回の死
最も期待した弟子の顔回が若くして亡くなると、孔子は人目もはばからず泣き崩れた。
「噫、天予を喪ぼせり」
大切な人を失った悲しみは、隠さなくてよい
出典:論語・先進
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5一を聞いて十を知る
子貢に「お前と顔回はどちらが上か」と尋ねると、子貢は自分は二を知るだけだと答えた。孔子は「私もお前も及ばない」と認めた。
「吾と女と如かざるなり」
師であっても、弟子の才を素直に認める
出典:論語・公冶長
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6聞くならば斯れ行わんか
子路と冉有が同じ問いをしたのに、孔子は正反対に答えた。向こう見ずな子路は抑え、控えめな冉有は後押ししたのだった。
「求や退く、故に之を進む。由や人を兼ぬ、故に之を退く」
正しい助言は、相手の性格によって変わる
出典:論語・先進
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7厩焚く
留守中に厩舎が焼けた。戻った孔子が真っ先に尋ねたのは人の安否で、高価な馬については何も聞かなかった。
「人を傷えりや。馬を問わず」
損得より先に、人を案じる
出典:論語・郷党
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8苛政は虎よりも猛し
泰山のふもとで、家族を次々と虎に殺されても土地を離れない女に会った。理由を問うと、ここには苛酷な政治がないからだと答えた。
「苛政は虎よりも猛し」
人を本当に苦しめるのは、理不尽な仕組みである
出典:礼記・檀弓下
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9韋編三絶
晩年の孔子は易を愛読し、竹簡を綴じる革紐が三度も切れるほど繰り返し読んだ。
「我に数年を加え、五十にして以て易を学ばば、以て大過無かるべし」
学びに遅すぎることはない
出典:史記・孔子世家/論語・述而
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10川上の嘆
川のほとりに立った孔子は、昼も夜も休まず流れていく水を見つめて、過ぎゆくものへの思いを語った。
「逝く者は斯くの如きか、昼夜を舎かず」
時は止まらない。だからこそ今を怠らない
出典:論語・子罕
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11三人行えば
孔子は、誰と歩いても必ず学ぶ相手がいると語った。良い人からは倣い、良くない人からは自分を省みる材料を得る。
「三人行えば、必ず我が師有り」
周りの誰もが、自分の先生になりうる
出典:論語・述而
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12宰予の昼寝
弟子の宰予が日中から寝ているのを見て、孔子は厳しく叱った。そして、以後は人の言葉だけでなく行いも見るようになったと語った。
「始め吾人に於けるや、其の言を聴きて其の行を信ず。今吾人に於けるや、其の言を聴きて其の行を観る」
言葉より行動で人を見る
出典:論語・公冶長
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13知るを知ると為す
血気盛んで知ったかぶりもしがちな子路に、孔子は「知る」とは何かを教えた。
「之を知るを之を知ると為し、知らざるを知らずと為す。是知るなり」
わからないことをわからないと言えるのが本当の知
出典:論語・為政
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14夾谷の会
魯と斉の会盟で孔子は定公を補佐し、斉の無礼な演出を礼によって退け、奪われていた土地を返させた。
「文事有る者は必ず武備有り」
穏やかな交渉にも、備えが要る
出典:史記・孔子世家
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15魯を去る
斉から贈られた歌舞団に魯の重臣が夢中になり、政務を怠った。孔子は見切りをつけ、職を辞して諸国遍歴の旅に出た。
「斉人女楽を帰る。季桓子之を受け、三日朝せず。孔子行る」
目指す道が違う相手とは、無理に組まなくてよい
出典:論語・微子/史記
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16匡の難
匡の町で、孔子はかつてこの地を荒らした陽虎と間違えられ、包囲された。弟子が怯えるなか、孔子は天命を信じて落ち着いていた。
「天の未だ斯の文を喪ぼさざるや、匡人其れ予を如何せん」
使命を信じる人は、窮地でも動じない
出典:論語・子罕
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17一言の教え
子貢が「一生守るべき言葉を一つだけ」と求めると、孔子は「恕」、つまり思いやりだと答えた。
「己の欲せざる所は人に施す勿れ」
自分がされて嫌なことは、人にもしない
出典:論語・衛霊公
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18琴を学ぶ
孔子は師襄に琴を習い、曲を弾けるようになっても先へ進まなかった。曲の意図、さらに作った人物の姿が見えるまで弾き込んだ。
「之を知る者は之を好む者に如かず、之を好む者は之を楽しむ者に如かず」
楽しんでやる人には、誰もかなわない
出典:史記・孔子世家/論語・雍也
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19韶を聞く
斉で古代の名曲「韶」を聴いた孔子は感動のあまり、三か月のあいだ肉を食べても味がわからなかった。
「図らざりき、楽を為すことの斯に至らんとは」
心から感動できるものに出会うことの尊さ
出典:論語・述而
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20老子に礼を問う
周を訪れた孔子は老子に礼について教えを請うた。帰ってから弟子たちに、あの人は龍のようで捉えどころがないと語った。
「吾今日老子を見るに、其れ猶お龍のごときか」
自分より大きな人に会ったら、素直に驚けばよい
出典:史記・老子韓非列伝
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21隠者に笑われる
渡し場の場所を尋ねた子路に、隠者たちは乱世から逃げろと説いた。孔子はそれを聞いて、自分は人の世を見捨てられないと嘆息した。
「鳥獣は与に群を同じくすべからず」
人は人の中でしか生きられない
出典:論語・微子
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22父子相隠す
葉公が、父の羊泥棒を証言した息子を正直者だと自慢した。孔子は、家族が互いをかばう中にこそ本当のまっすぐさがあると答えた。
「父は子の為に隠し、子は父の為に隠す。直きこと其の中に在り」
正しさは一つの物差しだけでは測れない
出典:論語・子路
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23簞食瓢飲
顔回は一杯の飯と一椀の水で路地裏に暮らしていたが、その楽しみを変えなかった。孔子はその姿をくり返し称えた。
「賢なるかな回や」
豊かさは持ち物ではなく、心の在り方で決まる
出典:論語・雍也
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24民信無くんば立たず
子貢に政治の要を問われ、食・兵・信を挙げた。どうしても捨てるなら兵、次に食、最後まで残すべきは信だと答えた。
「民信無くんば立たず」
信頼を失えば、何も立ち行かない
出典:論語・顔淵
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25過ぎたるは猶及ばざるがごとし
子張と子夏のどちらが優れているか問われ、孔子は子張はやりすぎ、子夏は足りないと評し、どちらも同じだと言った。
「過ぎたるは猶及ばざるがごとし」
やりすぎは、足りないのと同じく良くない
出典:論語・先進
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26過ちて改めざる
孔子は弟子たちに、人が過ちを犯すこと自体を責めなかった。本当の過ちが何かをこう語った。
「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」
過ちは改めれば過ちではなくなる
出典:論語・衛霊公
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27温故知新
人に教える者の条件を問われ、孔子は過去を深く学び、そこから新しいものを見出せることだと答えた。
「故きを温ねて新しきを知る、以て師為るべし」
古いものを学び直すと、新しい道が見える
出典:論語・為政
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28子路の最期
衛の内乱で子路は斬られ、冠の紐を結び直してから息絶えた。知らせを聞いた孔子は、悲しみのあまり家の塩漬け肉を捨てさせた。
「君子は死すとも冠を免がず」
最後まで自分の流儀を守った弟子の姿
出典:春秋左氏伝・哀公十五年/礼記・檀弓上
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29泰山壊れんか
死の七日前、孔子は杖を手に門の前を歩きながら、自分の命が尽きることを悟って歌った。
「泰山其れ頽れんか、梁木其れ壊れんか、哲人其れ萎えんか」
終わりを静かに受け入れる覚悟
出典:礼記・檀弓上
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30人知らずして慍みず
生涯の大半を用いられずに過ごした孔子は、学ぶ喜び、友と会う喜び、そして認められなくても腹を立てないことを説いた。
「人知らずして慍みず、亦君子ならずや」
評価されなくても、腐らずに続ける
出典:論語・学而
老子春秋・周
孫子春秋・呉
范蠡春秋・越
孟子戦国・鄒
荘子戦国・宋
白起戦国・秦
廉頗戦国・趙
韓非子戦国・韓
李牧戦国・趙
王翦戦国・秦
蒙恬秦
項羽秦末・楚
張良秦〜前漢
司馬遷前漢
班昭後漢
諸葛亮三国・蜀
曹操三国・魏
蘇軾北宋
王陽明明