後漢
班昭の名言・逸話30選
兄の跡を継ぎ『漢書』を完成。得意な話は「学び続ける女性の知恵」。
「身を正し道を履みて、以て時を俟つ」
班昭の逸話と名言
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1兄の仕事を継ぐ
兄の班固が『漢書』を書き終えずに獄死すると、和帝は妹の班昭に、宮中の書庫で続きを書いて完成させるよう命じた。
「帝、昭に詔して、東観蔵書閣に就きて踵ぎて之を成さしむ」
託された仕事を、最後までやり遂げる
出典:後漢書・列女伝
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2八表と天文志
班昭は『漢書』の中でも最も難しい年表と天文の部分を書き上げた。
「八表并びに天文志、未だ竟らざるを、昭に詔して踵ぎて之を成さしむ」
誰も手をつけられない難所こそ、引き受ける
出典:後漢書・列女伝
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3馬融が学びに来る
完成した『漢書』は難しく、読みこなせる人が少なかった。のちの大学者馬融も、書庫の下に控えて班昭から読み方を習った。
「漢書始めて出ずるや、多く未だ能く通ずる者莫し」
学んだ人は、教える人にもなる
出典:後漢書・列女伝
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4曹大家
和帝は班昭を何度も宮中に招き、皇后や妃たちの師とした。人々は敬意を込めて彼女を曹大家と呼んだ。
「号して大家と曰う」
肩書きより、学識で敬われる
出典:後漢書・列女伝
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5太后の相談役
和帝の死後、幼い皇帝に代わって政を執った鄧太后は、班昭を政治の相談に加えた。
「太后臨朝し、昭与に政事を聞く」
知恵のある人は、どこでも頼られる
出典:後漢書・列女伝
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6謙譲の徳
鄧太后の兄鄧騭が、母の喪を理由に職を辞したいと願い出た。太后が迷うと、班昭は譲る心を尊重すべきだと上書し、太后は許した。
「伏して惟うに、謙譲の風、徳は焉より大なるは莫し」
身を引こうとする人の気持ちを尊重する
出典:後漢書・列女伝
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7兄を帰したい
西域で三十年戦った兄班超が老いて帰国を願うと、班昭は皇帝に、昔は十五で兵になり六十で帰ったと上書し、兄の帰国を願った。
「妾竊かに聞く、古者十五にして兵を受け、六十にして還る」
家族のために、勇気を出して声を上げる
出典:後漢書・班超伝
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8願いが届く
班昭の上書を読んだ和帝は心を動かされ、班超を都に呼び戻した。班超は帰国して間もなく亡くなった。
「帝其の言に感じ、乃ち超を徴して還らしむ」
誠実な言葉は、人を動かす
出典:後漢書・班超伝
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9東征の賦
息子の赴任に従って陳留へ旅した班昭は、道中の史跡に古人を思い、身を正して時を待つ心を賦に詠んだ。
「貴賤貧富は、求むべからず。身を正し道を履みて、以て時を俟つ」
結果は求めすぎず、自分を正して待つ
出典:班昭「東征賦」
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10若くして夫を亡くす
班昭は十四歳で曹世叔に嫁いだが、夫は早くに亡くなった。以後、学問と子育てに生きた。
「昭、早く寡となり、節行法度有り」
失ったものの先にも、生きる道がある
出典:後漢書・列女伝
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11娘たちへの書
晩年の班昭は、嫁いでいく娘たちを案じ、心得を『女誡』にまとめた。自分も嫁いで以来、恥をかかないよう常に気を張ってきたと記した。
「戦戦兢兢として、常に黜辱を懼る」
若い世代が困らないよう、経験を言葉に残す
出典:班昭「女誡」序
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12女にも教えよ
班昭は、男の子には教育を施しながら女の子には教えないのは、道理が見えていないと批判した。
「但だ男を教えて女を教えず、亦彼此の数に蔽われずや」
学ぶ機会は、誰にでも与えられるべき
出典:班昭「女誡」夫婦
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13八歳から学ぶ
班昭は、男子が八歳で書を学び十五で学問を志すように、女子にも同じように学ばせるべきではないかと説いた。
「独り此を以て則と為すべからざらんや」
同じ道を、等しく歩ませる
出典:班昭「女誡」夫婦
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14言葉を選ぶ
班昭は、言葉選びの心得として、悪い言葉を口にせず、時を選んで話せば人に嫌われないと説いた。
「辞を択んで説き、悪語を道わず、時ありて然る後に言う」
何を言うかと同じくらい、いつ言うかが大切
出典:班昭「女誡」婦行
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15才能だけではない
班昭は、人としての徳は、ずば抜けた才能や賢さだけで決まるものではないと説いた。
「婦徳は、必ずしも才明絶異ならず」
目立つ才能より、日々の在り方
出典:班昭「女誡」婦行
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16清らかで静か
班昭は、徳のある人とは、清らかで静かで、筋を通して身を整える人だと説いた。
「清閑貞静にして、節を守り整斉なり」
落ち着いて、筋を通す
出典:班昭「女誡」婦行
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17仁は遠くない
班昭は、徳を身につけるのは難しいことではないと言い、孔子の言葉を引いた。
「仁遠からんや。我仁を欲すれば、斯に仁至る」
望めば、すぐそこにある
出典:班昭「女誡」婦行
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18敬とは続けること
班昭は、敬うとは特別なことではなく、長く続けることだと説いた。
「夫れ敬は他無し、持久の謂いなり」
敬意は、続けることで伝わる
出典:班昭「女誡」敬慎
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19順とは寛やかさ
班昭は、人と和するとは、心をゆったりと広く持つことだと説いた。
「夫れ順は他無し、寛裕の謂いなり」
人と和するには、心の余裕を
出典:班昭「女誡」敬慎
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20家の和
班昭は、家の中が和やかであれば悪い噂は消え、家の内外がばらばらなら悪評が広がると説いた。
「室人和すれば則ち謗掩われ、外内離るれば則ち悪揚がる」
身近な人との和が、評判を守る
出典:班昭「女誡」和叔妹
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21反論を受け止める
班昭の『女誡』に対し、夫の妹曹豊生は反論の書を書いた。その文章も見事だと評され、記録に残された。
「豊生も亦才恵有り、書を為して以て之を難ず、辞観るべき有り」
異なる意見が出るのは、健全なこと
出典:後漢書・列女伝
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22馬融が広める
学者の馬融は『女誡』を高く評価し、自分の妻や娘に学ばせた。
「馬融之を善しとし、妻女をして之を習わしむ」
良い教えは、人から人へ広がる
出典:後漢書・列女伝
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23父から続く仕事
『漢書』は、父の班彪が書き始め、兄の班固が受け継ぎ、班昭が完成させた。親子三人、半世紀以上にわたる仕事だった。
「彪、前史を継ぎて未だ詳らかならず、固其の業を就さんと欲す」
一人では終わらない仕事も、つないで完成させる
出典:後漢書・班彪伝/班固伝
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24兄の獄死
兄の班固は、仕えていた外戚竇憲の失脚に巻き込まれて獄中で死んだ。『漢書』は未完のまま残された。
「固、獄中に死す」
理不尽な別れの後にも、やるべきことは残る
出典:後漢書・班固伝
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25虎穴に入らずんば
兄の班超は、わずか三十六人で西域の匈奴の使節団に夜襲をかけるとき、仲間たちを奮い立たせた。
「虎穴に入らずんば、焉んぞ虎子を得ん」
危険を避けていては、大きなものは得られない
出典:後漢書・班超伝
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26大雀の賦
班超が西域から大きな鳥を献上すると、和帝は班昭に命じてその賦を作らせた。
「大家に詔して賦を作らしむ」
求められた場で、才を示す
出典:後漢書・列女伝
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27博学高才
後漢書は班昭を、広く学び、才能が高い人だと記している。
「博学高才」
学び続けた人は、時代を越えて名が残る
出典:後漢書・列女伝
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28十六篇
班昭は賦・頌・銘・誄・上書などを書き、息子の妻がそれを集めて十六篇の文集にまとめた。
「著す所の賦・頌・銘・誄・問・注・哀辞・書・論・上疏・遺令、凡そ十六篇」
書き残したものは、家族が受け継いでくれる
出典:後漢書・列女伝
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29太后の喪服
七十余歳で班昭が亡くなると、鄧太后は自ら喪服を着て悲しみ、使者を送って葬儀を取り仕切らせた。
「皇太后素服して哀を挙げ、使者をして喪事を監護せしむ」
誠実に生きた人は、最後まで敬われる
出典:後漢書・列女伝
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30写して持っていきなさい
班昭は娘たちに、この書を一人一通ずつ書き写して持っていき、嫁ぎ先で役立ててほしいと願った。
「庶わくは汝の曹、各々一通を写せ」
言葉は、手元に置いてこそ役に立つ
出典:班昭「女誡」序
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